非対称から対称へ。わずか25年で消えた幻のタジキスタン旧駅舎
タジキスタンの首都にある鉄道駅は、時代とともに「非対称」から「対称」へと姿を変えました。わずか25年で豪華な旧駅舎が取り壊された裏には、激動の政治の歴史がありました。
元のニュース:Asia-Plus(2026年10月20日・外部サイト)


まずは、ざっくりニュース
タジキスタンの首都ドゥシャンベにある鉄道駅は、今から65年前に建設が始まりました。
しかし、その前に建っていた初代の駅舎は、わずか25年で取り壊されました。
1936年に開業した旧駅舎は、外壁が花崗岩で造られ、当時は対称が好まれた中で規則を遊ぶような「非対称」のデザインでした。
広場とホームには市内初の時間ごとに鐘を鳴らす時計が掲げられ、首都の新しいリズムを刻んでいました。
ところが、1961年にこの豪華な駅舎は姿を消します。
政治路線の変化や、市名の変更、さらに駅の中にあった巨大な像が不適切に思えるようになったなど、複数の事情が重なったためです。
ソ連では1955年に「装飾過剰をなくす」という方針が決まり、すでに機能的な標準建築へと路線変更されていました。
その後、わずか1年ほどで新しい駅舎がほぼ完成します。
新しい駅は「対称性」と機能性を重視し、日差しや地震に配慮した簡潔な造りになりました。
もし旧駅舎が今も残っていれば、その珍しいデザインから貴重な建築記念碑になっていたと言われています。
ドヤ塾、本日の授業

先生、東京駅みたいに100年以上大事に残すのが普通かと思ってたら、たった25年で丸ごと建て替わった駅があるんですね。

タジキスタンの首都、ドゥシャンベの駅じゃな。1936年に開業した初代は、外壁が花崗岩で内側は大理石という、当時としては破格の豪華さじゃったんじゃ。

ピカピカの石造り! それならなおさら残しておけばよかったのに。手抜き工事でシロアリにでも食べられちゃったんですか?

いやいや、取り壊された理由は政治じゃ。初代の駅は、当時としては大胆な「非対称」のデザインじゃったんじゃ。

デザインがおしゃれで豪華なら、文句なしじゃないですか。どうして壊されちゃったんですか?

1955年に装飾過剰をなくす決議が出てソ連の建築は機能的な標準建築へ移っており、1961年の雪解けの中で政治路線が変わったんじゃ。

建物に罪はないのに! 昨日まで自慢の駅だったのに、方針が変わったとたん跡形もなく壊されちゃうんですね。

ワシのこの立派なヒゲも、「装飾過剰じゃ」とむしり取られる日が来るかもしれんな…。実は、当時の街の名前も「スターリナバード」じゃったんじゃ。

ああ、あの有名な指導者の名前ですね。だから駅のメインホールにも巨大な像がドーンと立ってたんだ。

うむ。しかし穏健な体制への移行のなかで像は不適切とされ、政治路線の変化や街の名が元のドゥシャンベに戻るなど複数の事情が重なって取り壊されたんじゃ。

像をどかして看板を掛け替えるだけじゃダメだったんですか? なにも駅ごと跡形もなく壊さなくても…。

過去のイメージを一新したかったんじゃろうな。そして、たった1年後の1962年の秋には、新しい駅舎がほぼ完成しておったんじゃ。

1年!? 駅の建設が夏休みの工作みたいなスピードじゃないですか。現場の職人さんたち、徹夜の連続で白目むいて倒れてたんじゃ…。

急ピッチじゃったろうな。新しい駅は地震や強い日差しに配慮して、対称性と機能性を重視した、ギャラリーや屋根の多い簡潔な造りに変わったんじゃ。

非対称で豪華な駅から、対称で実用的な駅へ。建物の形を見るだけで、その時代の権力者の好みが丸わかりですね。

その通りじゃ。もし旧駅舎が残っていれば、間違いなく貴重な建築記念碑になっていただろうと言われておるよ。
ついでに知りたいタジキスタン

- 首都
- ドゥシャンベ
- 人口
- 約950万人
- 言葉
- タジク語
- お金
- ソモニ(1ソモニ=約17円。2026年10月の目安)
- 時差
- 日本より4時間遅い(夏時間は除く)
- 1
現在のドゥシャンベ駅は1963年に建てられたもので、今も稼働しています。
- 2
ドゥシャンベという名前はタジク語で「月曜日」を意味します。かつて月曜日に市が立つ村だったことに由来します。
- 3
ドゥシャンベは標高750〜930メートルの人口密度の高い肥沃なヒッサール渓谷に位置しています。
- フルシチョフの雪解け
- ソ連でスターリンの個人崇拝が批判され、独裁からより穏健な体制へと移行した時期のこと。
- スターリナバード
- 「スターリンの町」という意味で、1929年から1961年まで使われていたタジキスタンの首都の旧称。



