タジキスタン:スターリンが禁じた探検映画、ドイツのコピーで復元
1928年のソビエト・ドイツ合同探検隊が撮影し、後にスターリンによって禁じられた幻の映画が、ドイツに残っていたコピーのおかげで数十年ぶりに公開されました。
元のニュース:Asia-Plus(2026年10月16日・外部サイト)


まずは、ざっくりニュース
1928年のソビエト・ドイツ合同科学探検隊によるドキュメンタリー映画が、インターネットで公開されています。
この白黒映画には、約100年前のパミール高原の風景や、ゴルノ・バダフシャンのタジク人たちの暮らしぶりが記録されています。
映画は1930年代初頭にドイツで上映されましたが、後にスターリンによって禁じられ、長らく失われたとされてきました。
しかし、ドイツ側にコピーが残っていたため、2012年にロシア語字幕付きのバージョンが復元されました。
探検隊には100人以上が参加し、カラクル湖や長さ70キロメートル以上のフェドチェンコ氷河などを調査しました。
8トン以上の物資を用意し、何百頭もの馬やラクダで荷物を運ぶ大規模なものでした。
当時の貴重な歴史的記録として、タジキスタンの人々にも視聴が勧められています。
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スターリンに禁じられた映画が、ドイツの側にコピーが残っていたおかげで、いまネットで見られるという話じゃ。

先生、スターリンに禁じられた幻の映画が、今になって見られるなんて大ニュースですね!

うむ。約100年前、1928年のソビエトとドイツの合同探検隊が、パミールの本物の氷河や山を調査した記録じゃ。

わあ、100年前の人たちの本当の暮らしぶりが映っているんですね。

その通り。パミールのキルギス人やタジク人の伝統的な生活が残されておる。

でも、なんでそんな貴重な記録が、スターリンに禁じられちゃったんですか?

理由ははっきりしておらん。ただ、探検隊の指導者の一人であるゴルブノフ氏は、元レーニンの個人秘書じゃったが、後に政治弾圧を受けて銃殺されておる。

ええっ! じゃあ、そのリーダーが弾圧されたせいで、映画まで消されちゃったってことですか?

推測で言うでない。禁止の理由は不明じゃ。ちなみに探検隊は7130メートルの山に初登頂し、1928年に「レーニン峰」と名付けられておる。

レーニンの秘書が率いた探検が初めて登った山がレーニン峰なのに、映画は禁止って……なんか歴史の皮肉を感じますね。

映画は1930年代初めにドイツで上映後、行方不明になったと思われていたが、ドイツ側にコピーが残っていたんじゃ。

つまり、ソ連が消したものをドイツの押し入れが守ってたってことですか! バックアップって偉大ですね。

押し入れかどうかは知らんがな。この探検隊、100人以上が参加して何百頭もの馬やラクダで8トンの物資を運んだんじゃ。

8トン! まるで引っ越し業者と動物園がいっぺんに移動してるみたいですね。それでどんな調査を?

カラクル湖の深さや塩分を調べるために、なんと折りたたみ式ボートまで持ち込んでおる。

折りたたみボート! 荷物運びの馬やラクダも、まさか背中の荷物がボートだとは思わなかったでしょうね。

だが氷河調査では、予定の日にキャンプへ戻らず、7日間道中で過ごし、うち2日は食料なしという過酷なサバイバルもあった。

うわあ……。戻れないまま、2日も食べ物なしなんて。無事に助かったんですか?

うむ、救助活動が行われて無事に終わったそうじゃ。

よかったです。日本の家でも親戚の古いビデオテープが押し入れから出てくることがありますけど、それと同じように残っていたんですね。

まあ、出てきたのが親戚の恥ずかしい映像か、歴史的映画かという違いはあるがな。

ぼくの0点のテストも「スターリンに禁じられた」ことにして、押し入れのバックアップを数十年後に公開しましょう!

親に見つかって説教されるのが先じゃな。まあ、当時の歴史と自然の重みを感じてくれればよいわ。
ついでに知りたいタジキスタン

- 首都
- ドゥシャンベ
- 人口
- 約950万人
- 言葉
- タジク語
- お金
- ソモニ(1ソモニ=約17円。2026年10月の目安)
- 時差
- 日本より4時間遅い(夏時間は除く)
- 1
タジキスタンは国土のほとんどが山岳地帯で、国土の半数が標高3000メートル以上という山の国です。
- 2
プロフ(ピラフ)は、人参や肉などを細かく刻み、米とともにカザンという鉄の大釜で炒めてから、蓋をせずに炊きあげる料理です。
- 3
ナンを上下逆さまに置くと悪い運を呼ぶとされています。
- パミール高原
- タジキスタンなどにまたがる、平均標高5,000メートルに達する高原です。「世界の屋根」とも呼ばれます。


